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2006年11月 5日 (日)

矛盾を感じる司法制度改革審議会意見書

 2009年から始まることになっている「裁判員制度」法制化の基礎は、平成13年6月12日に出された「司法制度改革審議会意見書」にあるようです。

 この意見書では、司法制度改革の根本的な課題の一つに、「日本国憲法のよって立つ個人の尊重(憲法第13条)と国民主権(同前文、第1条)が真の意味において実現されるために何が必要とされているか」を明らかにすることを掲げています。その結果として誕生したのが、個人の尊重とはほど遠い「裁判員制度」です。

 また、「自由で公正な社会の構築への参画」とか、「自由かつ公正な社会を支えるために」といいながら、唐突に「裁判員は義務」と決めつけています。

 憲法第13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」とあります。この意見書は、「庶民が家の中で平穏に暮らしている」そのこと自体を「公共の福祉」に反している、と言っているようなものです。

 また、この意見書では、「裁判員」に指名された人の「自由や権利」には全く触れていません。それにもかかわらず、被疑者・被告人の防御権の保障については、「憲法の人権保障の理念を踏まえ、適切な制度を構築していくことが必要」と言及しているのです。法律制定に至る過程においても、、「裁判員」に指名された人の「自由や権利」への配慮に関して議論された形跡は見受けられません。

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コメント

 先日に引き続いて書き込ませていただきます。
 制度設計において被告人の防御権についても、ほとんど考えられていなかったと思います。というのも、重罪被告人に裁判員裁判回避権を認めると(戦前の陪審制度と同様)被告人がほとんど裁判員裁判を選択しないことが十分想定され、制度自体が成立しなくなるからです。
 「被告人のための制度」よりは「国民のの(と国家権力による思想ですが)制度」と位置づけられたようですが、「国民の制度」とは名ばかり、国家権力だけの論理で勝手に決められたのだからたまったものではありません

 審議会意見書では、裁判員制度は被疑者・被告人のためのものではないと言う理由で、裁判員裁判回避権を認めていません。その理屈から言うと、裁判員制度が国民のためならば、国民に裁判員にならない権利を認めても良いことになります。その点に関しても、意見書に矛盾を感じています。

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